私は街の開業鍼灸師で鍼と灸しかできない中、それでも自信持って「鍼灸て良いですよ!」と言いたいので読んでます。勉強のためですかね?

(医師ではなく)鍼灸しか出来ない鍼灸師が、鍼灸の良さを語り、鍼灸しか売っていない鍼灸院で、鍼灸しか勧めるものがないのに、初めから鍼灸を売る。という事にどうしても欺瞞のようなモノを感じていました。エビデンスやガイドラインとか学び、他の方法もある程度説明したり他の選択肢を提示して納得した方にだけ鍼灸を受けてほしいんです。

逆に選択肢を奪う事や、ほかの選択肢を知らない人に教えないのは良くないな、と。

例えば先日、こんな方が私の鍼灸院に来ました。

花粉症を治したい。海外生活が長く帰国したばかりの方。現代医学的な治療はしているけど治らないから悩んでるとのことでした。海外でカイロに通っていたのもあり鍼灸や代替医療に期待しているようでした。日本で耳鼻科は行ったようですが薬の飲み方で悩んでいる。

花粉症は鍼灸で対応できます。もちろん「予防に良い」という研究も存在します。がすぐに効果が出るものではないし、そもそも鍼治療は自費になるので、まずは漢方内科で医師に相談してそちらからやってみて必要ならば併用して鍼灸を試すのはどうか?と提案。近所の漢方内科医の先生のクリニックの案内も渡しました。「私が鍼灸でやります!」と言えば良かったかな、と少し対応に悩みましたが漢方治療や他の選択肢、費用の事など話したら喜んでいたからまあ良かったかな、とも考えています。

そんな感じで、納得しながら仕事するには論文読む、て避けて通れないのかなあ、と思いなるべく論文読むようにしてます。というか論文やエビデンスは避けて通るのなかなか難しいというか、今の時代無理ですよね。

伝統の良さを主張するのにも基本というか現代医学や共通言語勉強しなきゃなかなか難しい気します。世の中とコミュニケーション出来なくなりますよね。カルトと変わらなくなります。

別に私の意見が正しい、という話を主張したい訳でなく鍼灸師が社会の中でどうあるか?どんな風にお役に立てるか?て、真面目に考えアイデンティティ再構築しなきゃと思います。鍼灸師が鍼灸の素晴らしさを語る必要なく
(もちろん素晴らしいものと思ってますが)それは他の人が語れば良いし、目立つ必要も自己主張する必要もない。
宣伝する必要すらない。カリスマもゴッドハンドも要らない。地味だけど必要で地域になくてはならない。

、、、みたいな立ち位置が私にとっては理想的でそのためにはEBM、それと医療社会学・医療人類学・ヘルスコミュニケーションはもっと勉強しなきゃ、と思います。もちろん他にも勉強しなきゃいけないことはたくさんあるんですけど。

それから論文を読み、批判的に吟味することで認知のゆがみを防げるとも考えられます。CBT(認知行動療法)ではネガティブな自動思考にあてはまる、あるいは反する証拠を調べることによって自動的な思考パターンの現実性や妥当性を吟味することで自動思考に変わる現実的な思考・説明を見つけたりする のです。すなわち論文を読み、吟味すること自体が正常な思考を身に着け健全な精神活動を送る一つの考え方なのではないかとも思います。(参考文献

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