知らないことに対する態度と、英語を話せない読めない、読まない問題について。

・・・引き続き医療大麻の問題

を追いかけている。

日本ではまだまだ反対派が多いわけだが

僕自身は医療大麻解禁に対し賛成派だ。

意見は違って当たり前だし

みなが議論した方が良いと考えている。

むしろ

「こういう理由で反対」

というしっかりした意見があるなら

僕も聞きたいし、

またそれが正しいのであればすぐに

反対派に回ろうと思っている。

しかしながらほとんどが

「未知への恐れからくる反対意見」

であり、残念ながらほかの国で

ほとんど議論されつくした

モノであることが多い。

例えばだが「身体に悪い」

という意見。

それは確かにその通りで

未成年は摂取しないほうがいいだろうし

火をつけて大麻を吸ったりしては

咽頭がんや喉頭がんのリスクも増すなんて言う

データもあったと思う。

(ソースが見つからずうろ覚えで申し訳ない)

いずれにせよ悪い部分もあるということだ。

だからこそ効能・プラスの面と比べて

どれだけのマイナス面があるのか

検討しなくてはいけないのだ。

かたくなに否定する人を見ていて

気が付いたのは

「自分が正しい」

という前提に立っているということだ。

僕は自分自身のことが

あまり頭はよくないと思っていて

ミスもするし勘違いもするから

間違ったことをどんどん覚えて

知りたいと考えている。

すなわち自分のバカを自覚している。

・・・

ところがツイッターなどで

大麻解禁に対する反対意見を見ていると

明らかに僕より知的水準が高そうな人が

とてつもなく

頓珍漢なことを言っていたりする。

医療大麻が成立した社会的な状況や背景、

薬物の問題その他・・・

すべて無視してしまって

自分の常識だけで論文を読み

結論を出している人もいるのだ。

日本人のほとんどの人が

英語を話さない・ニュースを読まない

(読めない)ということも問題だろう。

別に中国語でも何でもいいのだが

日本語ソースの情報だけだと

どうしても偏ってしまう。

研究はアメリカや中国が進んでいることもある。

「日本語しかわからない」

のではなく

「日本語しかわかろうとしない」

ということが最大の問題だと思う。

日本にいると日本語だけでビジネスも勉強も

すべて成立してしまうため

日常的に英語やほかの言語で情報を入れている人は

少ないのではないだろうか?

僕も英語は得意でないが

それでも情報を追わないと

どんどん世界の常識からずれてしまう

ことは自覚しているので

読めないなりにも翻訳を使って

チェックはするようにしている。

また、

自分が正しいという前提に立っていては

成長できなくなってしまうと思う。

そうなってしまっては

自分が間違っているか?

疑うこともないし調べないし考えない。

反対意見を聞くこともできない。

バカそうなバカは周りも

「バカだな―――」

と指摘しやすいし

実際してくれるだろうから

成長の余地もある。

・・・

しかしながら

「賢そうなバカ」

というのは誰も指摘してくれないから

間違いに気づかない・気づきにくい。

勘違いすることも多くなるから始末が悪いし

気の毒ですらある。

そもそも日本の知識層やエリート層は

受験勉強を勝ち抜いてきた人たちである。

与えられた問題にどれだけ早く正解を

導き出せるか?という

「処理能力」に強い人たちだ。

それはそれで素晴らしいのだが

受験勉強と違って社会問題解決は

少数派であるマイノリティーもいて

答えがないことも多い。

・・・

むしろ与えられた現実から

more betterであり

最大公約数でもあり

数は少なくても誰かにとってすごく幸せになれること

などを探すこと正解になる場合もある。

どちらかというとセンスを問われ

アートに近い側面もある。

賢いがゆえに

自分の中「だけ」の正解を見つけ出そう

としているのをみると

なんだかとても悲しくなってしまう。

「ああ、この人は僕の何倍も賢いはずで

能力も高いだろうに・・・。」と。

ちょっと青臭いかもしれないが

僕はどんなに意見が違っていても

最後は握手し、お互いリスペクトしあえると

信じている。

どんどん日本を良くしたいとも考えてる。

だからいくら相手が頓珍漢なことを

いっても人間性を非難したりすることはないし

感情で否定してしまわないように気を付けたい。