人間関係の悩みを生じさせやすい、いわゆる「空気」について。

職場で、部活で、学校で・・・

どこでもいいのだが

人間関係の悩みはどこから生じるのか?

という問題について少し考えてみたい。

集団が形成されると

「これが普通」

という常識が生まれ

その意に沿わない人は

「空気を読めない人」

というレッテルを張られてしまう。

この問題はなかなか悩ましい。

僕は思ったことを口に出してしまう方なので

生れてから今日まで

「空気が読めない人」

という位置付けになることが多かった。

そのことに、なれてしまって

集団の中で浮いてしまっても

孤独になっても

あまり傷つかなくなった。

では一体、

「空気」

とは何であろうか??

僕は子供の頃から

「空気」

について考える機会は多かった。

人間関係で悩むことが多かったから

かもしれない。

・・・生れてからずっとずっと

日本社会における規範のようなものってあるのか?

ということは考え続けてきたが

大人になってから

どうやらその空気を研究した人がいる

ということを知ることになった。

僕が影響を受けた本は2冊ある。

有名な本なのでどちらも知ってる人が

多いかもしれないが紹介する。

(1)山本七平「空気の研究」

1983年に発表された作品だが

今読んでも色あせないのではないだろうか?

日本社会を支配する「空気」について

最初に言及された本かもしれない。

(2)阿部謹也「日本社会で生きるということ」

この人は一橋大学の先生で

元々は歴史の専門家だ。

外国(ドイツ)にも住んでいたことがあるため

日本文化と欧米文化をを比較し

気づきを得ることも多かったのだろう。

この本は講話をまとめたもので

読みやすくまた海外でのエピソードも豊富だ。

・・・

2冊の本を読んで思ったことは

どうやら日本社会というのは

諸外国(ここでは欧米社会のことを指す)と違い

わかりやすい規範がない。あいまいだ。

その代りになるものはもちろんあるのだが。

一部だが少しカンタンにまとめてみよう。

欧米社会:

キリスト教的な社会規範がある。

「神」がいて「個人」がいて

「社会」があり「法」がある。

悪いことをした加害者にも「人権」はあり

死刑制度は反対する人が多い。

日本社会:

絶対的な社会規範はないがその役割が

「世間」や「空気」に置き換えられている。

「神」もいるが絶対的ではなく複数の神がいる。

「個人」や「社会」という言葉は明治の頃に

輸入された。

「法」はもともとあったが欧米のそれとは少し

ニュアンスは違う。

今でも多くの人は死刑制度に賛成で

悪いことをしたら死ぬのは当たり前だ

と考えている。

・・・

実は世間や空気などという概念を

考えると宗教観や法律観、

社会や個人といったことを避けては

通れないことがわかる。

そして世間や空気というものを

さらに深く考えていくと

どんなものにあたるのか?

その話は空気の研究にも出てくるが

原点は

アニミズム

にあるのではないか?

これは生物や無機物とわず

そこに霊魂があるとする考え方であり

宗教の原始的な姿だともいわれる。

この部分は自分の考察でしかないが

ある時期までは欧米社会も

アニミズム的な考えだったのだろう。

キリスト教的な考え方が生れてから

そのような考え方は

なくなっていったのではないか?

日本社会は(欧米社会に比べると)

摩訶不思議な進化の仕方をした。

原始的な信仰を残しながら

近代化した、めずらしい

国なのではないだろうか??

その影響は様々なところに見られる。

日本では死刑制度の廃止に対して

いまだに反対の声は根強い。

これも日本人の宗教観

「悪いことをしたら罰せられるのは当然」

「被害者の魂を鎮める」

という考え方が背後にあると思われる。

また

「キャラクタービジネス」

が強いことも日本の特徴だろう。

擬人化したキャラクターに入れ込めるのは

一種のアニミズムではないかとも思われる。

空気なんて読まなければ良い

というのは簡単だ。

だけども

実は背後にはこんなからくり

(宗教観なども絡む話)

のため

実際に空気を無視して生きていくのは

とっても大変だったりする。

まずは

「空気」や「世間」が

日本社会を支配していることを知ったり

他の社会との構造の違いを

把握したりすることが

第一歩かもしれない。

もちろん日本社会にも

よいところはたくさんあるので

否定すればよいという話でもない。

ただこの構造の違いの話を知っておくだけでも

ずいぶんと楽になることが多い気がする。